系統
系統:  AR (Aganglionosis rat) 
キーワード:  Aganglionosis、Hirschsprung 病、エンドセリンB 受容体 
由来:  1973 年に(財)動物繁殖研究所の筏井らにより、アルビノ雌ラットと野生由来の雄ラットとの間の交雑仔の中に発見された突然変異体に由来する。 
表現型・病態:  肉眼的所見では Aganglionosis rat は被毛の特徴的な斑紋を呈する。食餌摂取不良のためか強い栄養不良状態を呈する。腹部膨満を呈し、加齢にしたがって膨満の程度がひどくなる。発症個体では肛門から結腸,場合によっては回腸にかけて腸管が狭窄し,腸管内容物がその手前に滞留し腸管が著しく膨大している。腸管狭窄部の長さには個体によって変異が認められるが,一般にヒトやマウスの場合に比べて長く,回腸に達している個体も多い。組織学的検索の結果,腸管狭窄部に神経節細胞は認められない無神経節腸管である。これらの表型は、ヒトHirschsprung 病に極めて類似している。色素細胞は腸管神経節細胞と同様に神経堤細胞に由来することから、腸管神経節の欠損と色素細胞の部分的欠損による白斑は、ともに神経堤細胞の移動と分化の異常に起因すると考えられる。腸閉塞により生後1~5週齢で死亡する。 
病因(原因遺伝子):  本病態は腸管神経節細胞の欠損に起因する。旧来、第15染色体上の単一劣性遺伝子sl により支配されることが知られていたが、sl の本態はエンドセリンB受容体であることが明かにされた。Aganglionosis rat ではエンドセリンB受容体(ETBR)遺伝子に第1エキソンから第1イントロンにまたがる301 bp の欠失がある。第1エキソンのスプライスドナーサイトも失われているため、異常なスプライシングにより複数の mRNA が転写されている。いずれの mRNA から予測される蛋白も G 蛋白共役型受容体である ETBR の第1および第2膜貫通部位に対応する領域を欠失しており、その機能を欠損していることが示唆された。欠失している領域の両端に16 塩基の配列が同一方向に繰り返し,さらに5’側の部位では逆向きの繰り返し配列も存在することである。このような特徴的な配列の存在は、不等交叉や相同遺伝子組換え等の機構の関与を示唆し、欠失突然変異発生のメカニズムを考える上で興味深い。  実際に AR ラットにおいてエンドセリンB受容体の生理的機能が欠損していることを確認するために,発症個体および正常個体より得られた胸部大動脈標本にエンドセリンB受容体のリガンドであるエンドセリン3を投与した時の平滑筋の張力の変化を測定した。その結果,正常個体ではエンドセリン3の投与後一過性の弛緩が起こるが、発症個体では全く弛緩は認められず、ARラットの胸部大動脈ではエンドセリンB受容体の機能が特異的に欠損していることが確認された(図4)。また,脳,心臓,肺の膜分画を用いた受容体結合試験の結果からも,AR ラットではエンドセリンB受容体選択的リガンドへの結合能を持つ受容体は存在しないことが確認された。 
臨床への応用、有用性:  Aganglionosis rat はヒトHirschsprung 病の優れたモデルであると考えられる。
 Aganglionosis rat を用いることにより神経節を欠損した腸管の平滑筋収縮能や神経支配機構,小腸フローラの変化など Hirschsprung 病の病態管理の一助となる結果がすでに明らかとされている。
 また、Aganglionosis rat はエンドセリンおよびその受容体の生理機能を解析する上でのモデル動物としても有用である。従来エンドセリンは主に血管動態との関係が注目されていたが,エンドセリンおよびその受容体は脳,腎臓,肺などでも強く発現していることから,血管動態の調節だけでなく生体において多種の機能を持つものと考えられている。AR ラットは生後3-5週間で死亡してしまうため,成体での解析に用いることは困難であったが,最近、神経堤細胞特異的にEdnrb遺伝子を発現するトランスジェニックラットを作成することにより,Ednrb 遺伝子が欠損した成体の AR ラットが得られることが報告されている。これらの方法を用いることにより,AR ラットはエンドセリンの機能を解析する上で有用なモデルとなるであろう。
 さらに Aganglionosis rat は発生の過程での神経堤細胞の機能を解析する上でのモデル動物となる可能性がある。神経堤細胞は胚の中を活発に移動し、末梢神経節を形成するニューロンとグリア細胞、副腎随質等の内分泌細胞および顔面の骨格および結合組織を構成する細胞など様々な種類の細胞に分化する特殊な細胞であり,脊椎動物の形態形成にきわめて重要な機能を果たしている。エンドセリン3およびエンドセリンB受容体の腸管神経節細胞と色素細胞の移動と分化への関与に加えて,エンドセリン1あるいはエンドセリンA受容体の欠損が神経堤細胞の移動と分化の異常に起因する顔面,頭蓋の形態異常を引き起こすことも報告されている。エンドセリンは広く神経堤細胞移動と分化に関与しているものと考えられ,AR ラットは神経堤細胞の移動と分化の過程を解析する上で有用なモデルとなることが期待される。 
維持機関:  (財)動物繁殖研究所 (2001年5月25日現在) 
文献:  Matsumura Y, Kuro T, Kobayashi Y, Konishi F, Takaoka M, Wessale JL, Opgenorth TJ, Gariepy CE, Yanagisawa M. Exaggerated vascular and renal pathology in endothelin-B receptor-deficient rats with deoxycorticosterone acetate-salt hypertension. Circulation 102: 2765-2773, 2000  
執筆者記録:  森 政之(信州大学)2001年5月25日, TS:4/21/03 
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