HN (Hydronephrosis rat)
執筆者: 佐々木敬幸(財団法人動物繁殖研究所)
1.キーワード
水腎症,Hydronephrosis
2.由来
HNは,日本獣医畜産大学家畜生理学教室で飼育中の
Wistar-Imamichiラット7,500匹から,触診により診断された6匹の水腎症を発症した
動物に由来する。水腎症産仔発現腹数は,世代の進行とともに上昇し,第8世代以降
,すべての腹に水腎症がみられている。また,1腹内における水腎症児の頻度は,70
〜90%である。
3.表現型・病態
ヒトおよび,実験動物とも先天性でかつ遺伝性の水腎症が幾
つか報告されているが,その多くは尿路系の閉塞あるいは狭窄など器質的異常を伴っ
ている。これに対して,HNラットは,尿路系に器質的な異常が存在しない。また,
ACIラットの水腎症で報告されているような生殖器系の奇形もなく,水腎の単独発症
を特徴とする。本症の発現時期は,胎児期後半であり,生後10日頃には触診により水
腎発症の有無を確認することが可能である。水腎の発症部位は,両側腎が18.9%,片
側腎が81.1%である。HNラットは,外観上,正常ラットと区別できなず,特別な臨床
症状を示すことはなく,発育および生殖にも通常支障は認められない。寿命に関して
も,概ね正常ラットと差がないものと思われる。
HNラットの水腎は,解剖学的に嚢腎型と腎盂拡張型の
2型に区別される。嚢腎型の水腎は,腎内に多量の尿を容れて大型の嚢腎を形成する
もので,髄質領域の大部分と皮質領域の相当部分を欠損する。組織学的には,腎乳頭
を含む髄質内層および外層の尿細管の大多数が消失ないし萎縮し,ネフロンの主体は
僅かに残存する皮質表層部のものに限られている。残存組織における糸球体は,硬化
性病変を示すものもみられる。水腎の糸球体数は,実質組織が少ないため減少し,正
常腎の約1/6に過ぎないが,そのサイズは逆に大きく,正常腎の約 2倍である。腎盂拡張型の水腎は,腎実質の欠損が髄質内層に限局する腎盂拡張型で
,肉眼的,組織学的損傷および腎実質重量の減少度合いは,いずれも嚢腎型と比較し
て軽度である。
HNラットは,腎における尿濃縮機能が明らかに低下している
が,もう1つの特徴は,水分・電解質喪失性腎障害である。このため,HNラットでは
,血清浸透圧上昇,低ナトリウム血症および高カリウム血症など体液性状にも異常が
生じている。また,HNラットは,高血圧症を併発している。高血圧は,両側性水腎症
で最も著しく,離乳後間もなくから正常ラットの平均約110mmHgに対して平均約
180mmHgの収縮期血圧を示す。しかし,HNラットでは低レニン血症を示すことから,
腎血管性高血圧の発症の場合とは異なる機序が考えられる。
4.病因(原因遺伝子)
本症では,世代の進行とともに発現率が増加し,ポリジーン
が関与する量的遺伝形質であることが明らかにされている。
5.臨床への応用,有用性
HNラットの糸球体には,ヒト巣状糸球体硬化症(focal
glomerular sclerosis;FGS)と同様の病変が認められる。ヒトFGSは,臨床的にはステロイドなど
の治療抵抗性のネフローゼ症候群を呈する原発性糸球体疾患とされている。本症の頻
度は,小児期特発性ネフローゼ症候群の約10%,成人では糸球体疾患の3〜13%を占
めるといわれている。本症における50%生存率は,5〜17年と予後の極めて悪い腎疾
患である。HNラットは,今後本症の発症機序解明および治療方法の確立に有用な疾患
モデル動物となることが期待される。
一方,HNラットは,高血圧症を併発しており,しかも血漿レ
ニン活性が低値を示すこから,ヒト低レニン性本態性高血圧症のモデルとしての利用
が考えられる。HNラットの高血圧症に関しては,これまでの検討から,レニン活性の
低下に加えて,ナトリウム・体液量増加による血圧上昇機序が関与していないことが
明らかにされている。
6.維持機関
(財)動物繁殖研究所
7.文献
Kiyonori T.,Katsushi S.,Tomonori I.
Establishment of a Rat Having Extremely High Incidence of
Congenital Hydronephrosis and Its Morphological Characterstics
Cong.Anom.,20:1-6,1980.
Kiyonori T.
A rat strain of congenital hydronephrosis
腎と透析,臨時増刊号:23-26,1991
Fumio I.,Atsushi S.,Kazuo O.,Yoshihiko U.,Toshiro T.,Yuko
O.,Hiroaki K.,Tadashi Y.,Kazunari I.,Kiyonori T.
Focal Segmental Glomerular Hyalinosis and/or Sclerosis in
Rats with Congenital Unilateral Hydronephrosis.
Acta Pathologica Japonica,41(9):653-660,1991.
Kiyonori T.,Hiroyuki K.
Hypertension and the Renin-Angiotensin System in the
Congenital Hydoronephrosis Rat with Non-Obstructive Pelviureteric Junction Abnormalities.
Exp Nephrol,4:60-64,1996.