ODS
執筆者:北田一博(京都大学大学院医学研究科附属動物実験
施設)
1. キーワード
アスコルビン酸、L-gulonolactone oxidase欠損症、壊血病、骨形成異常、od
2. 由来
1973
年、牧野らは、塩野義製薬(株)実験動物センターの近交系Wistar/Shiコロニーに、
偶然、歩行異常を呈する個体を見出し、クロスインタークロスによる兄妹交配を重ね
、同様の異常を遺伝的に発症するラット系統を確立した。全身に骨形成異常を示すこ
とからOsteogenic Dosorder Shionogi(ODS)と命名された。原因遺伝子odのコアイソジェニック系統として、維
持されている。
3. 表現型・病態
原因遺伝子odは、常染色体上の劣性遺伝子であるため、+/+
、od/+は外見上正常であり、od/od個体のみ異常を発症する。
(1) 外貌所見:生後15-20日齢より、体重増加抑制、後肢の短縮や開閉異常、歩行異常と
いった症状により発症する。末期においては、体重低下、摂食量減少、四肢の異常屈
曲、歩行不能、眼瞼と鼻孔周辺の出血が観察される。さらに、欠乏症状が進行すると
、死亡する。これらの症状は、アスコルビン酸の経口投与(1mg/ml
アスコルビン酸水溶液もしくは300mg/kg
アスコルビン酸添加飼料)により抑制されるが、投与を停止すると、10-14日で体重
減少が見られるようになり、その後、壊血病症状を発症する。
(2)
剖検、病理所見:全身性の出血に加え、大腿骨、肩胛骨、上腕骨、腸骨で血腫を形成
し、肋骨と肋間骨の境界部に念珠状腫脹が認められる。長管骨においては、多発性骨
折、出血もしくは血腫を伴う骨膜肥厚、骨梁減少等が観察され、骨端での化骨はみら
れず、骨幹部においては骨皮質のひ薄化や粗鬆化が認められる。上腕骨、大腿骨、脛
骨の骨端には塊状の腫瘤が形成し、肩、股、膝等の関節では正常な関節形成がなされ
ていない。上腕骨、大腿骨、鎖骨、肩胛骨、腸骨、座骨の短小化とともに、脊椎の後
彎、側彎が観察される。なお、骨代謝に関係する甲状腺、上皮小体、腎、肝には、著
変はない。
(3) 生化学所見:組織中のアスコルビン酸含量は、od/od個体では極めて低値であり、od/
+個体においても+/+個体と比較し減少が認められる。od/od個体では、骨および軟骨
のハイドロキシプロリンの低含量や、動脈壁のコラーゲンの減少が認められる。
4. 病因(原因遺伝子)
ODSラット
の異常表型は単純な常染色体性劣性遺伝様式を示すことから、原因遺伝子としてod
が与えられている。しかしながら、そのゲノム上の位置は、不明であった。そこで、
原因遺伝子の同定に向けて、candidate gene approachが遂行された。まず、酵素化学的方法さらには免疫化学的方法により、
ODS-od/od個体においてはL-gulono-gamma-lactone oxidase(EC1.111.3.8)(GLO)の欠損することが示された。続いて、抗GLO抗体を用
いて、ラット肝cDNAライブラリーをimmunoscreeningし、GLOの全長をコードするcDNA
クローンが単離され、塩基配列が決定された。最終的に、+/+個体とod/od個体との間
で塩基配列の変異が存在するか否かを検討した結果、182番目のGがAに変化しており
、このmutationにより61番目のアミノ酸残基がシステインからチロシンに置換してい
ることが判明した。おそらく、この置換がGLOタンパク質の構造を大きく変化させて
、安定性を減少させたものと解される。なお、骨形成異常については、アスコルビン
酸欠損によるコラーゲン形成不全が原因で発現するものと考えられる。
5. 臨床への応用、有用性
壊血病は古くから知られているアスコルビン酸欠乏症である
ものの、その生化学的な作用機序は、未だ不明な点が多い。アスコルビン酸は、多く
の動物種において、グルコースからグルクロン酸経路を介して生合成されている。し
かしながら、われわれヒトにおいては、アスコルビン酸生合成の最終ステップを触媒
する酵素、L-gulonolactone oxidase(EC1.111.3.8)が欠損するため、アスコルビン酸は外部から摂取しなくては
ならない必須栄養素になっている。齧歯類においては、モルモットがこの酵素を欠損
するため、アスコルビン酸研究の良いモデルとなっていた。しかしながら、モルモッ
トと比較し、ラットは遺伝学的統御が明確、取り扱いや繁殖が容易、様々な代謝に関
するデータが蓄積されている等、多くの有利な点が存在する。この意味で、ODSラッ
トは、アスコルビン酸の栄養学的、薬理学的研究に極めて有用なモデル動物であると
考えられる。現在まで、ODSラットを用いて、ストレスによる過酸化脂質生成とビタ
ミンCおよびビタミンEによる予防効果に関する研究や、骨形成へのビオチンとアスコ
ルビン酸の効果に関する研究、アスコルビン酸欠乏による脂質代謝への影響に関する
研究、アスコルビン酸の脳機能への影響を評価する研究、微量元素の体内動態に関す
る研究等が行われている。
6. 維持機関
塩野義製薬(株)ACセンター
日本クレア
7. 文献
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