TFラット(Male pseudohermaphrodite
rat )
執筆者:竹野友理子,国枝哲夫(岡山大学農学部)
1. キーワード
雄性仮性半陰陽,ライディッヒ細胞,アンドロゲン,LH
2. 由来
1983年に(財)動物繁殖研究所で維持されていた非近交系の
Wistar-Imamichiラットコロニーより雄性仮性半陰陽ラットとして樹立された。発症
個体の雄は表現型が雌型を呈するため交配できないこと,また雌では遺伝子型を判別
ができないことから本系統はヘテロ同士の交配によって維持されている。
3. 表現型・病態
TFラットの雄はY染色体をもち精巣を有するが,外見上は雌
の表現型をとる性分化異常を呈する。また,陰嚢を持たずに盲管状の膣を持ち,乳頭
は正常な雌のものと類似しているため,正常な雌と外見だけでは区別は困難である。
しかし通常同系統の雌の正常個体においては5週齢で膣開口が見られるのに対して,
発症個体は6〜7週齢で見られることから,正常雌と発症個体を区別することが可能で
ある。
腹腔内には,正常雄より小さく下降していない精巣が腎臓の
下側に確認できる。精巣上体や輸精管などの雄性副生殖器官は多くの場合未発達であ
るが,精巣上体や輸精管が肉眼で観察できる個体もいる。その場合でも精巣上体の管
状構造は未発達のままである。
組織学的には,発症個体の精巣において精子形成は認められ
ず,精細管ではいくつかの生殖母細胞や初期の精母細胞,退化したセルトリ−細胞の
みが観察できる。間質組織においては,伸長した細胞核を持つ繊維芽細胞が顕著に見
られるが,ライディッヒ細胞やマクロファージは見られない。
4. 病因(原因遺伝子)
本ラットの表現型は常染色体性単一劣性遺伝子(mp)によっ
て支配されていることが明らかとされている。本疾患の病因は,精巣におけるライデ
ィッヒ細胞の発生異常,あるいはアンドロゲン合成酵素の欠損などが推測されている
が,現時点では候補となる疾患原因遺伝子は特定されていない。
5. 臨床への応用 有用性
ヒトにおいて,男性の仮性半陰陽は多くの発生が報告されて
いる。その原因としてはライディッヒ細胞の発生異常による欠損や,ライディッヒ細
胞におけるLHレセプターの欠損に起因していることが報告されている。いずれにして
もライディッヒ細胞の機能異常によるアンドロゲン合成障害が主要な病因であると考
えられている。一方,アンドロゲン合成に関与するステロイド代謝系の酵素の欠損に
起因する例も報告されている。以上のことから,TFラットは雄性仮性半陰陽の自然発
症性疾患モデルラットとして,その病因,病態の解析や治療法の開発に用いられるこ
とが可能であるだけでなく,ステロイド代謝やライディッヒ細胞をはじめとする精巣
組織の発生分化の遺伝的メカニズムの研究に将来利用可能であると考えられる。
6. 維持機関
(財)動物繁殖研究所
(株)ライサ
7. 文献
H.Ikadai, C.Ajisawa, S.Tsujimura, G.watanabe, K.Taya and
T.Imamichi
A new male pseudohermaphrodite rat mutant with androgen
deficiency.
J.Reprod.Fert. 84,303-312, 1988