ラットは、マウスとともにライフサイエンス分野で広く用いられている哺乳類動物モデルです。遺伝と環境を厳密にコントロールすることができ、洗練された実験系を提供します。
21世紀に入り、ラットを用いた研究の基盤が大きく前進しました。第一は、2004年に報告されたラットゲノムのドラフト配列の公表です。ゲノム配列がわかったことで、ラット系統の遺伝学的な解析が容易になりました。これは、これまで選抜育種で開発されてきた疾患モデルラットから疾患の原因遺伝子をつきとめることに直結します。
第二は、2010年から2011年に相次いで報告された遺伝子ノックアウトラット作製技術です。ES細胞やZinc Finger Nuclease (ZFN)などを用いて遺伝子改変する技術がラットにおいても確立されました。これにより、望みの遺伝子を破壊したラットを作製することができるようになりました。特にCRISPR/Cas9を用いたゲノム編集技術は急速に進展し、ヒトの細胞が移植可能な重度複合免疫不全症(SCID)ラットなどが開発されました。
これからは、ヒト遺伝疾患の原因遺伝子と同じ遺伝子に変異を持つラットを自由に作り出すことができるのです。
そして、2002年から開始されたナショナルバイオリソースプロジェクト「ラット」(NBRP-Rat)があります。ここでは、ラット系統をライフサイエンス研究の進展に必須の生物資源(バイオリソース)としてとらえ、国内外で個別に維持されていたラット系統を収集してきました。
系統のゲノム情報、特性情報を明らかにし、その結果をデータベースにとりまとめました。また、ラット系統を生体あるいは凍結胚・精子で保存し、研究者の求めに応じて提供しています。開始から20年を経て、NBRP-Ratは質・量ともに世界最高水準のラットリソースセンターになりました。
このように、NBRP-Ratはラットを用いた研究を支える一翼を担っています。令和4年度から5年間、第5期NBRP-Ratとして新たな体制で本プロジェクトを推進します。ついては、関係各位のご支援、ご協力を受けたまわりたく存じます。
代表機関:
国立大学法人京都大学
課題管理者 浅野雅秀(京都大学教授、医学研究科附属動物実験施設)
平成14年度から文部科学省は、ライフサイエンスの総合的な推進を図る観点から、実験動植物や各種生物の遺伝子材料などのバイオリソースのうち、国が戦略的に整備することが重要なものについて、体系的な「収集・保存・提供」などを行うための体制を整備することを目的としてナショナルバイオリソースプロジェクトを開始しました。
京都大学大学院医学研究科附属動物実験施設は、第1期(平成14年度から18年度)、第2期(平成19年度から23年度)、第3期(平成24年度から28年度)、第4期(平成29年度から令和3年度)にひきつづき、第5期ナショナルバイオリソースプロジェクト「ラット」(令和4年度から8年度)の代表機関として採択されました。
このプロジェクトではラットリソースの「収集・保存・提供」事業を行います。国内外の標準系統、自然発症ミュータント、コンジェニック系統、リコンビナント近交系、トランスジェニックや新規の遺伝子改変ラット等を収集します(MTA締結)。寄託されたラット系統は胚あるいは精子での保存を行い、提供依頼の多い系統についてはSPF環境下で生体を維持します。すべての系統について微生物・遺伝モニタリングによるリソースの品質管理を行います。
本プロジェクトにより特性情報や遺伝情報が付加されたラット系統は、ユーザーフレンドリーなデータベースにて公開しています。研究者は自分の研究にあったラット系統を選抜することができ、それらを入手することができます。また、ラット研究の情報交換の場としてラットリソースリサーチ研究会を開催します。
NBRP-Rat事業を通してラットコミュニティを支援・活性化し、ライフサイエンスへのラットの貢献を促進します。