京都大学大学院医学研究科 実験動物学分野研究室

(附属動物実験施設)

【高次生命機能や疾患における糖鎖の役割】

 

 タンパク質や脂質に結合した糖鎖は,核酸やタンパク質に並ぶ生体情報高分子であり,糖鎖が担う情報をグライココードと呼びます。 分子と分子あるいは細胞と細胞の相互作用に関わっており,生命現象の様々な局面に登場すると共に,その異常はいくつかの疾患を引き起こすことが知られています。

 

 私たちは糖転移酵素遺伝子や糖合成酵素遺伝子を改変したマウス作製することにより,それらが合成する糖鎖の役割を個体レベルで解析しています。 特に7つの遺伝子からなるβ4-ガラクトース転移酵素(β4GalT-1〜7)遺伝子群について,β4GalT-1, 2, 5のノックアウトマウスを作製し,その解析を進めています。 また,β4GalT-1 KOマウスがIgA腎症のモデルになることやシアル酸合成酵素GNEの点変異マウスがネフローゼ症候群のモデルなることを見いだし,疾患モデルの研究も行っています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<この仕事に関連する私たちの論文>

Takagaki S, Yamashita R, Hashimoto N, Sugihara K, Kanari K, Tabata K, Nishie T, Oka S, Miyanishi M, Naruse C, Asano M. Sci Rep. 2019 May 9;9(1):7133.

β4GalT-1欠損マウスの骨髄細胞を致死量のγ線照射をしたレシピエントマウスに十分量移植してもレシピエントの生存を維持できず,移植した骨髄細胞はレシピエントの骨髄にほとんど生着しませんでした。さらに移植24時間後のレシピエントの骨髄細胞のコロニー形成能を測定したところ,β4GalT-1欠損マウスの骨髄幹細胞(HSC)はレシピエントの骨髄にほとんどホーミングしませんでした。β4GalT-1欠損胎仔の肝臓から調製したHSCのホーミング能も顕著に低下しており,β4GalT-1が合成するHSC上のガラクトース糖鎖は,HSCのホーミングと生着に必須の働きをしていることが示されました。

 

Yoshihara T, Satake H, Nishie T, Okino N, Hatta T, Otani H, Naruse C, Suzuki H, Sugihara K, Kamimura E, Tokuda N, Furukawa K, Furukawa K, Ito M, Asano M. PLoS Genet. 2018 Aug 16;14(8):e1007545.

脳神経細胞特異的にβ4GalT-5を欠損したマウスを作製しましたが特に異常は見られなかったので,同じく異常のなかったβ4GalT-6欠損マウスを名古屋大の古川鋼一先生より分与いただき,神経細胞特異的β4GalT-5/6ダブル欠損マウス(DKO)を作製したところ,生後2週齢から運動失調を生じ,生後4週齢までに死亡しました。DKOマウスの脳でのLacCer合成酵素活性が完全に消失し,ガングリオシドも検出されず,脳ではβ4GalT-5とβ4GalT-6がLacCer合成酵素を担っていることがわかりました。このマウスの脊髄の軸索は細く変形して,ミエリン鞘が軸索の周りに巻いておらず,運動失調を引き起こしたと思われました。大脳皮質の神経細胞は未熟で,神経幹細胞のラミニンへの接着が低下し,ガングリオシドとラミニンの結合が神経細胞の神経突起伸長に重要であることを明らかにしました。

 

Sugahara D, Kaji H, Sugihara K, Asano M, Narimatsu H. Large-scale identification of target proteins of a glycosyltransferase isozyme by Lectin-IGOT-LC/MS, an LC/MS-based glycoproteomic approach. Sci Rep. 2012;2:680.

 

Shinzaki S, Iijima H, Fujii H, Kuroki E, Tatsunaka N, Inoue T, Nakajima S, Egawa S, Kanto, T, Tsujii M, Morii E, Takeishi S, Asano M, Takehara T, Hayashi N, Miyoshi, E. Altered oligosaccharide structures reduce colitis induction in mice defective in β-1,4-galactosyltransferase. Gastroenterology. 2012 May;142(5):1172-82.

 

Ito M, Sugihara K, Asaka T, Toyama T, Yoshihara T, Furuichi K, Wada T, Asano M. Glycoprotein hyposialylation gives rise to a nephrotic-like syndrome that is prevented by sialic acid administration in GNE V572L point-mutant mice. PLoS One. 2012;7(1):e29873.

ヒト遠位型ミオパチー(骨格筋が萎縮する遺伝病)患者で発見された,シアル酸合成酵素であるGNE遺伝子のアミノ酸変異をマウスに導入したところ,ヒトとは異なり腎臓の病気であるネフローゼ症候群を発症し,その症状はシアル酸の経口投与によって抑制できることを明らかにしました。

 

Nishie T, Hikimochi Y, Zama K, Fukusumi Y, Ito M, Yokoyama H, Naruse C, Ito M, Asano M. ß4-galactosyltransferase-5 is a lactosylceramide synthase essential for mouse extra-embryonic development. Glycobiology. 2010 Oct;20(10):1311-22.

β4-ガラクトース転移酵素5(β4GalT-5)の欠損マウスは胚体外組織の異常により,胎仔期に死んでしまうことがわかりました。糖脂質の一つであるグルコシルセラミド(GlcCer)にガラクトースを付加してラクトシルセラミド(LacCer)を作る酵素は,ラットの脳ではβ4GalT-6であるとの報告がありましたが,マウスの胎仔では同じファミリーのβ4GalT-5が担うことを明らかにしました。

 

*Yoshihara T, *Sugihara K, Kizuka Y, Oka S, Asano, M. Learning/memory impairment and reduced expression of the HNK-1 carbohydrate in ß 4-galactosyltransferase-II-deficient mice. J Biol Chem. 2009 May 1;284(18):12550-61. *equally contribution.

β4GalT-2を欠損しても外見上は正常に見えましたが,網羅的な行動解析の結果,空間学習・記憶と協調運動に障害があることがわかりました。前者は海馬でのHNK-1糖鎖の減少,後者は小脳でのプルキンエ細胞の減少と配列の乱れが原因と考えられました。

 

Nishie T, Miyaishi O, Azuma H, Kameyama A, Naruse C, Hashimoto N, Yokoyama H, Narimatsu H, Wada T, Asano M. Development of immunoglobulin A nephropathy-like disease in ß-1,4-galactosyltransferase-I-deficient mice. Am. J. Pathol. 2007 Feb;170(2):447-56.

β4GalT-1が欠損すると血中のIgA濃度が上昇し,糖鎖異常のIgA分子が多量体を形成して腎臓の糸球体に沈着し,ヒトIgA腎症に似た病気が発症することがわかりました。ヒトIgA腎症でもIgAの糖鎖異常が重要であることを示唆する,新しいIgA腎症モデルマウスの開発に成功しました。

 

Mori R, Kondo T, Nishie T, Ohshima T, Asano M. Impairment of skin wound healing in ß-1,4-galactosyltransferase-deficient mice with reduced leukocyte recruitment. Am J Pathol. 2004 Apr;164(4):1303-14.

皮膚創傷が治る過程において,β4GalT-1が欠損すると創傷部位へのセレクチンを介した炎症性細胞の浸潤が低下して,皮膚の再生が遅れることがわかりました。

 

Asano M, Nakae S, Kotani N, Shirafuji N, Nambu A, Hashimoto N, Kawashima H, Hirose M, Miyasaka M, Takasaki S, Iwakura Y. Impaired selectin ligand biosynthesis and reduced inflammatory responses in ß-1,4-galactosyltransferase-I-deficient mice. Blood. 2003 Sep 1;102(5):1678-85.

β4GalT-1は白血球と血管内皮細胞の接着に重要なセレクチンのリガンド糖鎖の合成に必須であり,β4GalT-1欠損マウスは炎症部位への好中球や単球の浸潤が低下して,炎症反応が弱まることを明らかにしました。

 

Asano M, Furukawa K, Kido M, Matsumoto S, Umesaki Y, Kochibe N, Iwakura Y. Growth retardation and early death of ß-1,4-galactosyltransferase knockout mice with augmented proliferation and abnormal differentiation of epithelial cells. EMBO J. 1997 Apr 15;16(8):1850-7.

7つのβ4-ガラクトース転移酵素遺伝子ファミリー(β4GalT-1から-7)の中で最も広範囲に強く発現するβ4GalT-1の欠損マウスを作製したところ,小腸上皮細胞の増殖と分化に異常が見られ,この欠損マウスは寿命が短いことがわかりました。